2011年10月06日

さよなら、スティーブ・ジョブス(Steve Jobs)

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今日、Apple の創始者 スティーブ・ジョブス(Steve Jobs)が亡くなった。
ジョブスの独創性に富んだアイデアから産まれた魅力的なプロダクツにはとてもワクワクした。
ありがとうジョブス。寂しくなります。。。


Dear Jobs

Thank you for your hot products and beautiful idea.
I will not forget you.
Stay Hungry、Stay Foolsh.

Rest in Peace.



多忙を極めていてすっかりブログの更新をサボっていましたが、UIA2011東京大会(第24回世界会議)が終わり、10件以上動いていたプロジェクトも落ち着いてきたので、そろそろ大会のネタで再開しようと思っていたところに、この訃報です。
本日は Apple や Jobsのことを書きたいと思います。


Macに初めて触れたのは大学生1年生のときだった。建築家 槇文彦先生の設計したTEPIAを見学に行ったときに、たまたまMacintosh IIやSEの展示会をしていて直接触れることができた。
当時、パーソナルコンピュータはPC98シリーズが全盛であり、Basicやマシン語といった呪文のようなコマンド入力が無くとも
いとも簡単にマウスで好きところに好きな絵が描けたり、どこにでも文字が書けることに衝撃を受けた。
しかし、当時はその高価さから大学生に購入などできる代物ではなく、通っている美術大学にすらまだ導入されていない状況だった。

1992年大学を卒業してすぐに、出身地の浜松で実家兼店舗を設計、それが完成した後、東京に戻り多摩美大教授の田淵先生の設計事務所で働くのだが、その事務所の先輩・柳氏が自費でSE/30を購入、手描図面がまだ主流だった時代にCAD図面を導入し始めたのだ。Macはなんとも愛嬌のあるコンピュータで、使うことそのものが楽しかった。
その後、事務所は急速にCAD化が進み、Centris 650 や Color Classic , PowerBook 145b などを次々と導入。手描き図面からCAD図面に移項したハシリの世代となった。

多摩美術大学のキャンパスを学内インハウスで設計することになり、設計室に与えられたPowerMac8100以外にも自腹の中古LC 520(後のunit-Hパートナー渋田から譲ってもらったもの)を持ち込んで仕事していた。そこの設計室でインターネットに初めてつながった日を良く憶えている。
まだまだコンテンツが少ない時代であったが何か全く新しい時代を予感させてくれるものであった。
しかし、まだまだインターネット接続に予算がつくほどの理解が無く、その時のプロバイダー費用も自腹だった。
ここでは8100以外にも6100、7100、Performa5440、Performa 6420 などを導入した。携帯電話もこのころから急速に普及し、一般化していった。インターネットと携帯電話、コンピュータによって仕事や生活が大きく変わる境目にあった。

1999年独立して最初の仕事は後輩の家(「上北沢の家」)であった。その仕事はPM G3 DT233 と Appleに復帰したスティーブ・ジョブスが生み出したスケルトンのポリカーボネイトの筐体で登場したiMacで図面を書いた。このiMacはとても安い価格であり、スタッフ用や共用サーバーなどに複数台導入することになった。デジタルカメラもこの頃から使いだす。

独立してばらくは、平行して多摩美研究室の実施プロジェクトも参加しながら自身の仕事をすることになったので、自分のメインマシンはPowerBookG3/233に替え、研究室でも事務所でも同じ環境で仕事ができる体制にした。ここからモバイルPCの便利さにはまる。
携帯とノートPCさえあれば公園でもカフェでも海外でもどこでもオフィスになった。仕事のしかたや場所の概念がまるで変わることになった。

2000年、原宿の美容院併用住宅「神宮前の家」を手がけている頃にPowerBookG4 Titanium 400 が発売、ストリーミングによるジョブの発表を見て、あまりのかっこよさに実物も見ずにネット上の AppleStore でオンライン購入した。
このころAppleの株価はほぼ底で当時で確か18ドルくらいだったかと思う。その後株式分割しているからいまの価値にすると9ドルくらいか。先日400ドルを越え、時価総額で世界一になった。倒産もささやかれていた企業がジョブズの復帰によって実に44倍以上の株価になったのだ。このころ株を全力で買って気絶していればひと財産できたのに....!
(ま、実をいうと2005年に買っているのだが、もう随分あがった気がしていてほんのちょっとしか買っておらず、リーマンショックを回避して売り抜けて以来、買い戻しそびれてしまった.....。)

2001年(ちょうど10年くらい前になるのか!)、iPodが発売され、Appleは単なるコンピュータ会社では無くなった。アメリカに行くと多くの人がiPodを使っていたのを見て、へぇと思っていたら、そのうち日本でも急速にiPod利用者が増えていった。それまで時間に余裕がなくて久しく音楽を聴かなくなっていたのだが、iPodとiTunesによって音楽を聴くライフスタイルが戻ってきた。これはWalkMan以来の衝撃的な出来事になった。

以来、PowerBookG4 Titanium 550 、PowerBookG4 Aluminum15" 1.5GHz、MacBook、MacBookPro15 とMacを使い続けて来た。途中、2003年11月にMacOSX 10.3をインストールし、本格的にOS9から移行を開始した。事務所の共用マシンとしてシースルーのiMacG3をiMacG5 20" 1.8GHz、iMac24" 2.4GHzに置き換えた。一応、Windowsはデュアルブート用とネット会議用にHPのネットブックがあるが、ほとんど使う機会がない。

2008年の夏からiPhoneを使いだし、クラウドコンピューティングによるアドレス帳やカレンダーの同期、共有がシームレスにそれも劇的に簡単に可能となった。これにより仕事の仕方やライススタイルに大きな影響を与えた。

プロダクツ以外にもジョブスのキーノート(基調講演)、スピーチ、創造力においてとても大きな影響と刺激を受けた。日本時間では深夜にあたる新製品の発表のストリーミングを見るのは、下手なテレビドラマよりワクワクさせられた。
今、読み返すと1984年当時のインタビューでジョブスは今日の家庭用パーソナルコンピュータとネットワークコンピューティングが普及している社会を彼は説明していたのには驚く。
もしかしたら、今日のWindowsでも同じことはできるのかもしれない。ただ自分にはMacのほうが簡単で何より使っていて楽しいのだ。使って楽しい、道具としてはこうありたい。
ジョブスはこれまで充分に夢を与えてもらい楽しませてくれた。

そして何より彼は自分が欲しいと思えるものを、最良のものを創り続けることの大切さを教えてくれた。
彼ほどのカリスマはそうそういるものではないだろう。しかし、僕もジョブスに習って、建築の仕事をする上で迷ったときは必ず自分が最良と思えること、自分が欲しいと思うもの、自分自身がワクワクするようなものを提案するように心がけて来た。これからもそうありたい。

これまでのワクワクするプロダクツと美しいアイデアありがとう。淋しくなります。
さようなら、ジョブス。安らかに。


posted by みーちゃん at 20:34| 神奈川 ☀| Mac | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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